マザランの懐に飛び込んだ鳩ならぬレ枢機卿という黒い小さな猛禽
アカデミー賞ものの演技 レ枢機卿
ノーデ:コンデ親王に暗殺を企てた張本人として訴えられたレ枢機卿がどうしたかって?
ジャック:さあて、どうします? これは大急ぎで身の安全を図らねばなりませんよ。
ノーデ:即座に王宮へかけつけ、身の潔白を示すために歌舞伎まがいの演技を見せたそうだ。
ジャック:あ、いや、歌舞伎はありませんって。それをいうなら、ロマネスク。
ノーデ:いずれにしても、アカデミー賞ものの演技だったらしい。
ジャック:アカデミー賞もありません(キリッ)
ノーデ:現代の読者にもわかりやすいように説明してさしあげてるのだ、いいじゃないか、放っといてくれ。
ジャック:それで、王妃様のリアクションは?
ノーデ:深夜ひそかに召使をやり、ゴンディ協働司教、のちのレ枢機卿を小礼拝堂に呼び出した。そこで王妃様はコンデ親王に対するありったけの憎悪をぶちまけたとのことだ。信じるか、ジャック?
ジャック:どうなんでしょう。レ枢機卿がそう回想録に書いているのでしょう?なんたってあの人、過去を捏造する天才ですからね。
ノーデ:まぁ、このところコンデ関連ではいろいろ重なって、王妃様がコンデさんとその周囲の人々に強いご不快を示されていたのは、皆の知るところ。この状況でゴンディ協働司教のちのレ枢機卿を自分の陣営に引き込んでおくのも悪くないと考えられたわけだ。
ジャック:そこで、いろいろと裏取引があったんでしょうね。
ノーデ:当然さ。ゴンディ協働司教のちのレ枢機卿は何を思ったか、まるで騎兵のように変装して王宮に現れた。
ジャック:宮廷の人々がざわざわ耳打ちするのが聞こえてきそうです。
ノーデ:当然、それはコンデ親王の耳にも入り、あれはなんなのだと、マザラン枢機卿にお尋ねになったそうだ。
ジャック:で、なんと答えたのです、枢機卿は?
ノーデ:あれは王様を楽しませるためのコスプレかなにかでしょうと。
ジャック:コスプレ…
ノーデ:そう言って、枢機卿は軽くいなされた。
コンデ親王の心を折る出来事
ノーデ:じつは、この暗殺未遂事件をきっかけに、コンデさんは、おそらく自分を狙ったテロよりも我慢ならない事態に直面することになるのだ。
ジャック:どういうことでしょう?
ノーデ:馬車襲撃犯として、コンデさんは即座にレ枢機卿とボーフォール公、それに急進派評定官ブルーセルら数名を名指して訴えるのだが…
ジャック:全員敵!
ノーデ:しかし、高等法院の裁判手続きが煩雑すぎて、いっこうにらちがあかない。
ジャック:コンデ親王にしてみたら、そこはスパパパパンと正義の鉄拳をふるいたいところでしょうな。
ノーデ:苛立つコンデ親王が暴力で解決しようとしないように、マザラン枢機卿は、法の手順を尊重し、判断をパリ高等法院に委ねるようと助言します。
ジャック:その助言にはしたがったのだ…
ノーデ:彼らが有罪なのは火を見るよりも明らか、判決を早よ!とコンデ親王は焦れている。
ジャック:だが、そうはならない?
今や宮廷とフロンド派がタッグを組んでいる!
ノーデ:そう。そこでコンデ親王は、驚きます。自分が王位継承権をもつ王族であることはまったく忖度されず、他の人たちと同等に扱われることに、初めは驚き、つぎにそれは怒りに変わります。
ジャック:えーっと、そもそも、コンデ親王とパリ高等法院は仲良しじゃありませんよね?なにしろ高等法院といえば、フロンド派の本拠地みたいなところなんですから。
ノーデ:そこへもってきて、訴えられているのは誰です?ゴンディ協働司教のちのレ枢機卿もボーフォール公も急進派評定官ブルーセルも、みんなフロンド派でしょ。
ジャック:だから、パリ高等法院にはお友達がたくさんいるわけだ。
ノーデ:被告側は証人を勝手にでっちあげ、法廷では、またあの舌先三寸男、コンデ親王の宿敵、レ枢機卿が熱弁をふるうのです。
ジャック:どう考えても不利だわ、コンデさん。
ノーデ:結局、コンデさんのお馬車襲撃事件は、証拠不十分として訴えは却下されることになります。
コンデ親王はもはや王国を守る英雄ではない
ジャック:それはちょっとお気の毒ですね…襲撃では、召使いひとり、死なせてますからねぇ。
ノーデ:お気の毒なんてもんじゃありませんよ。コンデ親王といえば、つねに外敵から王国を守ってきた軍神。英雄なのですよ。1648年の夏、コンデさんの対ハプスブルグ戦勝を祝って、みんな一緒にノートルダム大聖堂でテ・デウムを歌ってたじゃないですか!
ジャック:(小声で)そのあいだに王妃様がパリ高等法院のフロンド派評定官ブルーセルら三人を逮捕させたので、パリはバリケードが築かれる騒ぎになりましたけどね。
ノーデ:その英雄が、こんなふうに高等法院に膝を屈することになろうとは…
ジャック:それでは心が折れます。
ノーデ:でしょう? しかも、その裏で、王妃様とマザラン枢機卿は着々とコンデ親王含め3人の王族の逮捕を準備していたのですからね。
ジャック:コンデさんは裁判に気をとられていて、まったくそれに気づいていなかった。
ノーデ:あるいは王族ゆえの自尊心のせいで目がみえなくなっていたか…
ジャック:よく目を開いて周囲を見ていれば、避けることができた運命だったかもしれないですね。
