当プロジェクトについて

マザリナード・プロジェクトについて

マザリナード・プロジェクト

マザリナード・プロジェクトとは東京大学総合図書館所蔵コレクション『マザリナード集成』のデジタル化を出発点とし、現存する約5000〜6000種類のマザリナード文書をインターネット上で閲覧できるようにする計画です。

このプロジェクトは博士学位請求論文『マザリナード文書とは何か−コーパスとしての東京大学コレクション』(一丸禎子、2006年学位取得・学術)のなかで、これからのマザリナード文書研究が必要とする新しいアプローチ方法として構想されました。

デジタル化されたマザリナード文書は語彙検索機能を備えたコーパスとして、研究用プラットフォーム http://mazarinades.org で2011年春から一般公開されており、一方でマザラン図書館が準備する新しいマザリナード文書目録Bibliographie des Mazarinades(https://mazarinades.bibliotheque-mazarine.fr/)の作成にも学術委員会のメンバーとして参加しています。

*マザリナード・プロジェクトに関する詳しい情報は「マザリナード・プロジェクトの挑戦 ──古文書研究の新しい地平線をめざして」(一丸禎子『学習院大学文学部研究年報』第62輯、 2015年)をご覧ください。

https://www.gakushuin.ac.jp/univ/let/top/publication/KE_62/KE_62_011.pdf
マザリナード文書とは

マザリナード文書とは、17世紀、フランスの絶対王政確立前夜に起きたフロンドの乱(1648-1653)際に、印刷による拡散、あるいは手書きで回覧され、当時の世論に関わったとみなされる政治的な文書を指します。

グーテンベルグによる印刷術の発明以来、フランスの歴史において、大量の印刷物が出現したことが3回あります。16世紀の宗教戦争、17世紀のフロンドの乱、そして18世紀のフランス大革命の時期です。

印刷物の利用は、声の届く範囲よりも遠くへ、そしてより多くの人へ自分(たち)の声を届けようとしたものです。現代の社会では、それらの声はインターネットで拡散していきます。紙からソーシャルメディアへ、時代によってメッセージを届ける支持体は変わりましたが、意見や主張を共有しようとする動機においては、17世紀の人も私たちとおなじです。

言い換えるなら、マザリナード文書とは、17世紀のフランスで王国を揺るがす政治的大混乱のさなかに、嵐のように巷に拡散した「発言」の集合体なのです。

「マザリナード」という呼び名は、当時、未成年だった国王ルイ14世の宰相だったマザラン枢機卿の名前に由来します。狭義には、実質的に王国の実権を握っていたこの宰相を批判する反マザラン文書を指し、のちにフロンドの乱のときに世に出た文書を総称してマザリナードmazarinadeと呼びならわすようになります。そこには多様な形式のテクストが含まれています。

フロンドの乱は課税問題をきっかけに、パリ高等法院が宮廷(摂政アンヌ・ドートリシュ、宰相マザラン)と対立したことにより始まりましたので、最初のマザリナードといえるのは高等法院による反マザランの裁決といえるでしょう。しかし、そのほかにも王令、国王の手紙、戦況報告、内乱の状況を伝える広報、増税に対する不満、民衆の飢えと悲惨を訴える声、王妃への誹謗中傷、諷刺詩、シャンソン、料理のレシピから結合双生児の出産にいたるまで、マザリナード文書はありとあらゆる発言の集合なのです。

その書き手となった人たちも多様で、今日まで名前を知られている『箴言』の著者ラ・ロシュフーコー公爵、『回想録』を残したレ枢機卿、サラザン、シラノ・ドベルジュラック、サン=タマンなどもいますが、多くは匿名で、特定の党派に雇われてプロパガンダを書く場合もありました。

*マザリナード文書に関しては、『フロンドの乱とマザリナード:駒場博物館展覧会の記録』(2023年)をご参照ください。

デジタル化によって見えてくる17世紀フランス社会、そして現代

マザリナード文書がこれまで研究対象にするのはむずかしいと考えられてきたのには、大きくふたつの理由があります。自然発生的な思考や心情の発露ばかりでなく、特定の党派が世論を動かそうと印刷する文書には、当然ながら、その政治的目的ゆえに嘘や誇張も見られ、歴史的証言としてはあてにならない。しかも、あまりにも量が多く、各地に分散し、フランス国内だけでなく、外国にもコレクションがあるために、全体を見渡すことができないなどの問題です。

しかしながら、量と分散の問題はデジタル化によって解決することができます。インターネットという仮想空間に集合させることにより、私たちには全体を把握する可能性が見えてきました。そして語彙検索などのツールによって、この膨大なテクスト群を研究者が読む方法も変化させられます。 マザリナード文書が言っていることが、仮に人を欺くような場合でも、私たちは他のテクストとの関係性において、なぜ、そのような文書が出現したのか考えることができます。つまり、その出現をひとつの行為として捉えること。そうしてこの内乱が武力による衝突だけでなく、これらの大量の文書が論戦によってその一部を形成する過程を観察すること、それがこれからは重要な課題となっていくことでしょう。

印刷文化とインターネット時代のソーシャルメディア

先に「意見や主張を共有しようとする動機においては、17世紀の人も私たちとおなじである」と述べましたが、マザリナード文書に見出される17世紀フランスの人びとの振る舞いは、メッセージの支持体が紙からインターネットに代わっただけで、その多くが現代のソーシャルメディアにおける私たちの仕草ととてもよく似ているのです。つまり、マザリナード文書を通じて、とりわけその論争の様態を見ることによって、私たちは「今」の自分たちについて考察することもできるのです。

このサイトは17世紀ルイ14世の幼年時代のフランスと私たちの「今」をつなぎ、そして日々更新されていくマザリナード文書に関する新しい知見を皆さんにご紹介したいと考えています。この小さな窓から、異なる次元のソーシャルメディアをのぞいてみませんか?