1651年3月22日―3月28日

なぜ自らコンデ親王らを釈放したのか…

本の行商人ジャック:さて、亡命中のマザラン枢機卿、独占インタビューも本日で三回目。今日が最終回となります。枢機卿には今後の展開の読みもお尋ねしたいところですね。

ノーデ:ところで、少し話を戻しますと、枢機卿は深夜にパリを脱出なさったあと、ひとまずサン=ジェルマン=アン=レーへ向かわれ、そのあとル・アーヴルにいらっしゃいました。そして、ご自身で、コンデ親王、コンティ公、ロングヴィル公爵を釈放なさったのですね。

ジャック:迅速な展開!

マザラン枢機卿:もたもたしていたら、トンビに油揚をさらわれてしまうじゃないか。

ジャック:トンビ?

マザラン枢機卿:「釈放したのは、この私、マザランですよ。しっかり覚えておいてくださいね」と、恩を売っておかないと。

ジャック:え、いや、でも、恩って…そもそも枢機卿が御三方を逮捕させた…のでは? あれ〜、記憶ちがいかなぁ…

マザラン枢機卿:ああ、あの時はね、そういう流れだったのだ。コンデ親王はあのご性格だろう?気位が高くて、すぐ怒り出し、自分のいうことはなんでも通るとおもっている。三十年戦争で王国を勝利に導いた英雄でもある。いやぁ〜、扱いにくい。

ノーデ:前半のフロンドで、国王側を勝利に導いたのもコンデ親王でしたね。

マザラン枢機卿:パリを包囲して飢えさせ、王妃様に跪かせたのはまさにコンデ親王の大手柄。けれども、それで発言力が強くなりすぎた。宮廷内で少々扱いに困ったことになったのだよ。

ジャック:そこで、ああせざるを得なかったと。つまり身柄の拘束。あのときは、コンデ親王に恨み骨髄だったパリ市民も大喜びだった。

マザラン枢機卿の復帰計画

ノーデ:そして、枢機卿はル・アーヴルに到着すると、コンデ親王とお食事をなさいましたね。

ジャック:ずいぶんとまた悠長なことじゃないですか。

マザラン枢機卿:だって、「私は敵じゃないですよ」というところを見せておかないと。できるだけ打てる先手は打っておく主義。この度は時局に鑑みて、やむなくこのようなことになりましたが、本心ではないですよと…

ジャック:そ、それって、もしかして、戻ってくることを考えていらっしゃるので?

マザラン枢機卿:なぜ帰れないと思うのかね、ジャック?

ジャック:いや、だって、現状を考えると…戻ったらお命が危ない…

マザラン枢機卿:ふ〜む。ジャックはだいぶネガティブ思考だな。

ジャック:いや、枢機卿が楽観的すぎるというか…

マザラン枢機卿:それではひとつ、思考実験に補助線を引いてあげよう。

ジャック:はい、なんでしょう。

マザラン枢機卿:さっき言ったように、パリ市民はコンデ親王を恐れ、嫌っていたのだよ。それがどうだ、逮捕され、目の前からいなくなったとたんに、反マザランに全振りしてきただろう?

ジャック:たしかに。

マザラン枢機卿:この国で、今、一番の嫌われているのは誰かね?

ジャック:それはもう枢機卿でしょ?

マザラン枢機卿:ふむ。私は人々とって共通の敵というわけだ。さて、今、目の前から、その共通の敵が消えてしまった。さぁ、どうする?

ジャック:う〜ん。みんないろんな思惑をもって宮廷に集まっていますからね。

ノーデ:おそかれはやかれ、利害の対立が起きるでしょうね。

ジャック:つまり、分裂して、たがいに争うようになると?

マザラン枢機卿:まあ、見ていてご覧なさい。すでに、今週は大貴族の皆さんとフロンド派が衝突したようだ。

Robert Nanteuil (1623-1678). “Mazarin”. Gravure, 1659. Paris, musée Carnavalet.

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