1651年7月12日―7月18日

宮廷との決裂に至るまとめ

本の行商人ジャック:戻ってみれば、宮廷はカオスであったとしても、コンデ親王に居場所がなかったわけではないですよね?

ノーデ:コンデ親王の考え方は王族として伝統的な価値観に基づいている。

ジャック:つまり、王に奉仕するというアレですかね。

ノーデ:そうだ。

ジャック:王様が未成年である今、摂政である王妃様に仕えるのが筋ということになるのではないでしょうかね?

ノーデ:フロンドの乱が始まったときには、そのとおり。フロンド派を鎮圧するために軍を率いてパリを包囲した。

ジャック:王妃様とルイ14世を守る役目を引き受けておられたと。

ノーデ:そうだ。しかし、宮廷ではその力ゆえに危険視され、ヴァンセンヌ城に幽閉される。

ジャック:それは理不尽極まりない扱いと思ったことでしょうね。

ノーデ:それもこれも「すべてマザランのせい」ということで、フロンド派と手を組み、枢機卿を排除するに至った。

ジャック:さあ、それなら正々堂々と王妃様にお仕えしてはどうかと。

ノーデ:王妃様は、戻って来たコンデ親王をフロンド派抑止の駒にできると一度は思ったのだが、同時に息子にとっては脅威になる危険な存在でもあった。

ジャック:最初は懐柔しようと、王妃様はコンデ派の望むものを与えていました。だが、結局は排除する方がいいと方向転換。

ノーデ:王妃様はゴンディ協働司教を巻き込み、ムッシューとの間のライバル意識を煽り、あげくにはコンデ親王を排除する計画を立てた。

ジャック:それ、漏れていますけれどもね。

ノーデ:いくつかの点から、生命を狙われていると確信するに至ったコンデ親王は、宮廷からロワール川にあるサン=モールの城に退いたのだ。

ジャック:まぁ、コンデ派の筆頭であるラ・ロシュフーコーさんが3度も刺客に襲われたりしたらねぇ、こりゃ自分も狙われているかもと思いますわな。

ノーデ:フロンドの乱後半の山場がこれから始まるのだ。

Louis,_Grand_Condé(コンデ美術館所蔵)

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