1651年5月24日―5月30日

当主が釈放されたコンデ家のその後

本の行商人ジャック:ところで、コンデ家では、親王と弟のコンティ公が幽閉から解放されて以後、どのような状況だったのでしょうか。

ノーデ:そうさな、一年近く囚われの身で、その間に奥方がボルドーを蜂起させるなど留守宅も忙しかったわけだが、無事に帰ってからも気になるな。

ジャック:昨年の今頃は、御三方はまだヴァンセンヌ城に閉じ込められていたのでしたね。

ノーデ:厳重警戒のお城のドンジョンにいた。

ジャック:コンデ親王は優雅にテラスで草花を育てていた。

ノーデ:一方で奥方様はラ・ロシュフーコーさんやブイヨン公爵といった武装した大貴族たちをしたがえ、ギュイエンヌ地方を目指した。

ジャック:奥方様にとってはたいへんなご旅行。しかも、6000の兵士と1000人の騎兵をしたがえての進軍。ボルドーに陣取って、国王軍と戦った。

ノーデ:しかし、この時の奥方のご活躍で、冷め切っていた夫婦仲はちょっと良くなった。コンデ親王は奥方を見直したのだ。これは良い結果だったな。

ジャック:早いもので、あれから一年です。

経済的困窮

ノーデ:しかし、留守にしている間に、コンデ家の経済状態は悪化している。

ジャック:それはラ・ロシュフーコーさんも同じで、嘆いていましたよ。お城も徹底して破壊されてしまったから、再建にいくらかかるのかと。

ノーデ:コンデ親王は無実の罪で逮捕されたのだから、本来なら得られたはずの収入や年金は補償される。

ジャック:でも、それじゃ足りなかったでしょう。留守中の維持費のほかに、ギュイエンヌ遠征にかかった費用もばかにならないですからね。

ノーデ:さらに味方についてくれた貴族たちにも報いなければならない。寸断された貴族間のネットワークを再建しようにも、先立つものが必要だ。

ジャック:そのネットワークこそがコンデ親王を支える力ですからね。

ノーデ:コンデ親王は、幽閉される前には、ふたつの軍事組織をもっていた。ひとつはブイヨン公爵にまかせたが、ボルドーの反乱のあと散り散りになっている。チュレンヌ元帥にあずけたもうひとつはルテルで無力化されてしまった。軍隊を率いない人生など、コンデ親王にとっては意味がない。なにしろ甲冑がお似合いだからの。

ジャック:けど、もう和平が成立していますからね。また私的に軍事組織をもつなんて、宮廷としては受け入れ難いのではないでしょうか?

ノーデ:内戦が落ち着けば、生き残った将兵は王の軍隊に吸収され、そこでスペインとの戦争に投入される流れになるはずだ。

ジャック:それじゃ、いっそのこと、コンデ親王に王様の軍隊を率いてもらったら、どうです? これまでにも実績があるわけだし。

ノーデ:だが、現在、国王軍の総司令官はガストン・ドルレアン、すなわちムッシューなのだよ。コンデ親王の出番はない。

ジャック:むずかしいなぁ…。出番どころか、居場所さえもあやういですよ、それでは。

再軍備の可能性

ノーデ:じつは、この春ごろからコンデ親王はバラバラになっていた連隊をふたたび集め始めているという噂を耳にした。

ジャック:あ、いや、それはちょっとまずいのでは。だって、宮廷にとっては、王様の支配のおよばない軍事力でしょ。むしろ、できれば、やめていただきたいというか…

ノーデ:コンデ親王にだけ忠誠を誓う軍隊というのは厄介だな。

ジャック:それをどこに駐屯させるおつもりで?

ノーデ:噂では、おそらくシャンパーニュあたりではないかと推測される。

ジャック:コンデ親王に軍事力をもたせたら、危険、危険!内戦で踏み躙られるのは、いつもおいらたち、庶民ですからね。

ノーデ:だが、昨年春先のように、他の貴族たちが同調するかどうかは…未知数だ。

ジャック:前回は不当に身柄を拘束されたことを問題視し、貴族たちも正義を求めて立ち上がった。

ノーデ:諸悪の根源はマザランにあり、打倒枢機卿で団結したので。

ジャック:しかし、もう、マザラン枢機卿は亡命して、ここにはいないですからね。不当逮捕されたコンデ親王は釈放されて、目的も果たしちゃったし。

ノーデ:そして、最も重要な点は、君主制そのものに反対する貴族はいないのだよ。

ジャック:つまり…現時点では、貴族が軍事行動を起こす大義名分もないということですね。

ピエール・ミニャールによるコンデ親王とその息子の肖像