1650年4月6日−4月12日

ベルガルド包囲戦

本の行商人ジャック:宮廷がディジョンに到着するやいなや、マザラン枢機卿が州三身分会議を開き、いきなり金を出せと迫ったのも、このベルガルド問題に対応する軍資金が必要だったのですね。

ノーデ:ベルガルドの反乱軍を制するには、武力鎮圧しかない。

ジャック:外交交渉の天才といわれるマザラン枢機卿でも解決できない。それでディジョンの町はその制圧のための軍資金を出したのですか?

ノーデ:王の権威に逆らえばどんな罰が待っているかしれないからな。

ジャック:(小声で)それって、カツアゲとおなじでは?

ノーデ:国家権力レベルでやると犯罪にはならないのよ。そういうことは世の中にいくらでもあるだろう、ジャック?

ジャック:戦時の軍隊によるフリーダムな物資調達、いいかえると略奪とか処刑とか…

ノーデ:軍資金ができたことで、新総督ヴァンドーム公はベルガルドの町を包囲することができた。この包囲は時々交渉をはさんで中断しつつ数週間続くのだ。その間にソーヌ川が洪水を起こしたり、周辺に徒党をくんで略奪に精を出す輩がばっこしたりといろいろあったがな。

ジャック:ほんとうに、住民にとっては、お金は取られる、物は奪われる、土地は荒らされるで、踏んだり蹴ったり。いい迷惑ですよね。

ノーデ:内乱とはそういうものよ。

少年王ルイ14世初陣を飾るの巻

ジャック:ときにこのベルガルドで、ルイ14世はいわゆる初陣を飾り、勇敢さを見せたそうではありませんか。

ノーデ:絶対に負けない状況であったから、経験を積むにはよい機会であった。

ジャック:そういえば、このあたり、つまりフランス東部でスイスに国境を接するフランシュ・コンテ地方はいずれ王国の領土に入るのですが、それを実現したのは大人になったルイ14世ですね。

ノーデ:少年王はこの初陣で何をか思ったのだな…

ジャック:このベルガルド包囲戦はどのように終わるのですか?

ノーデ:甥のタヴァンヌ伯爵が、4月にはいるとヴァンドーム公との話し合いに応じる。

ジャック:もはやこの包囲戦、持ち堪えられないと覚悟なさったのでしょうか?

ノーデ:タヴァンヌ伯爵とその副官たちは自分たちの陣営が求心力を失ったと感じたらしい。

ジャック:そろそろ寝返るものが出て来そうですしね。

ノーデ:チュレンヌ元帥の応援を待っていたのだが、それもこないとなればな。

ジャック:ブルゴーニュでは貴族のフロンドがこうして潰される。

ノーデ:しかし、鎮圧に成功したあとも宮廷はすぐにはディジョンを離れないのだ。

ジャック:おや、なんでです? マザラン枢機卿はやっぱりパリのフロンド派に会いたくないのかなぁ…

ノーデ:パレ・ロワイヤルに戻られるのは、5月2日。

ジャック:ゴールデンウイークをブルゴーニュ遊山でというわけでもないでしょう。

ノーデ:ジャックよ、お前もだいぶ21世紀の平たい顔の国の習慣に毒されてしまったな。

ジャック:それにしても宮廷は2ヶ月もパリを離れていたことになりますねぇ。

ノーデ:これからしばらくは、こうしてパリを離れ、地方を巡回することになろう。

ジャック:だいたい、フランスの王様は昔から1箇所にとどまらず、点々と城を移っていましたからね。ロワールにはお城めぐりツアーができるほど素敵な城がありますし。

ノーデ:そうはいっても、のんびり滞在するのと、その土地の反乱を制圧するのではだいぶ趣が異なるがな。

ジャック:まだ子供の王様には、おつらい経験となったのでしょうね。

ノーデ:しかし、王たるもの、王の権威を維持するためには、なにごとにも耐えねばならないのだ。

ジャック:まるで王様は王権に仕える僕のようでもありますな。

Louis XIV en costume de sacre, en 1648.