1650年6月29日―7月5日

ボルドーへの出発準備をしなければ

ノーデ:いや〜、危なかったな。今回の北部戦線。

本の行商人ジャック:マザラン枢機卿も冷や汗ものでしたね。

ノーデ:ここはいっさい手をぬけない状況だった。

ジャック:枢機卿ご自身で兵士たちにお給料やお仕着せや靴までお届けになったそうです。

ノーデ:ようやく敵は後退し始めたぞ。

ジャック:ラ・カペルの守備隊が敵の補給路を絶つことに成功したからですね。

ノーデ:兵站が来なければ、スペイン軍も撤退するしかあるまい。

ジャック:大勝利とは言えませんが、これでしばらくは敵も動けないでしょう。

ノーデ:では、そろそろ宮廷もパリへもどるかな。

ジャック:ここは一旦もどりませんと。どうも留守にしている間に、首都で好ましくない気配があるようで。

ノーデ:なんだ、どうした?

ジャック:お留守番のオルレアン公、ムッシューがフロンド派に説得されて、コンデ親王はじめ囚われの御三方がヴァンセンヌ城からバスティーユへ移されるかもしれないとのこと。

ノーデ:おいおい、勝手なことをされちゃ困るな、ムッシュー。

ジャック:アンヌ王妃様が、それを聞いて、パリへ戻るとおっしゃったそうです。

ノーデ:そりゃ、気がかりだな。ムッシューを止められるのは王妃様だけだから。

ジャック:でもって、宮廷は29日にパリへお戻りになりました。

ノーデ:王妃様は決断が早い。

ジャック:しかし、本当の目的はギュイエンヌ地方へ出発するためだと思います。

ノーデ:いよいよボルドーへ行くのか。

荒ぶる地、ボルドー

ジャック:フロンドの乱といえば、パリ高等法院って感じで、なんでもかんでもパリで起きたかのように錯覚しますが、じつはフランス全土におよぶ政治的混乱ですよね?

ノーデ:そのなかでも、ボルドーの動向は特に重要。

ジャック:前半のフロンドの乱の間にもボルドーではたびたび暴動が起きています。

ノーデ:いやその前からだよ、ジャック。フランスではルイ13世とリシュリュー枢機卿時代、つまり1630年代に重税にあえぐ民衆がフランス各地で暴動を起こしている。

ジャック:なかでも「裸足の乱(らそくの乱)」は有名ですね。30年戦争の戦費を豊かなノルマンディー地方から絞れるだけ絞ろうとすることから起きた。

ノーデ:あの暴動の鎮圧はじつに凄惨を極めた。政府としては見せしめにしたいところもあったからな。

ジャック:ルーアンもこのときには大変な目にあっていますよ。

ノーデ:関係者は軒並み処罰を受け、さらに重い税を課せられた。

ジャック:いつだって、苦しめられるのは民衆ですよ。

ノーデ:貴族は特権によって一部、税を免除されているし、聖職者も困らない。

ジャック:で、ボルドーなのですが、いよいよ台風の眼になりそうな気配です。

ノーデ:宮廷としては、ここで誰が支配者かしっかり見せなければならない。

ジャック:これから暑さが増すなか、ボルドーまで長い道のりを南下ですか、やれやれだ。

ノーデ:到着するのは8月になる頃だろう。

ジャック:少年王ルイ14世にとっては、「国を統治すること」の厳しさを文字通り身をもって知る旅になるでしょうね。

Le Royaume de France avec ses acquisitions divisée en gouvernements de provinces / par I.B. Nolin https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b53053124s#

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