1650年7月28日―8月3日

葡萄農家は気が気ではない

ノーデ:宮廷はアングレームでゲ・ド・バルザック氏の城館に滞在したあと、リブルヌに到着なさったそうだ。

本の行商人ジャック:また、いいところじゃありませんか! リブルヌといやあ、ドルドーニュの川畔にあって、ポムロールとかサン=テミリオンとか、ワイン好きには心ウキウキするような地名がまわりにあるところですよ。

ノーデ:むしろボルドーは目と鼻の先。

ジャック:おっと、浮かれている場合ではありませんでしたね。

ノーデ:宮廷がここまでやってきているのだから、ボルドーの高等法院も敬意を表して挨拶に行かねばならない。

ジャック:こんな状況ですからね、どうせ社交辞令を並べただけで帰ってきたのでしょう。

ノーデ:とりあえずは、そんなところだ。

ジャック:しかし、葡萄栽培農家にしてみたら、気が気じゃないですよね。だって、もう一月かそこらで、大事な葡萄の収穫がはじまるんですから。そんなときに、畑でどんぱちやられひにゃ、たまったものじゃない。

ノーデ:北の方で、王軍が敗退して引いたランスのそばには、シャンパーニュがある。

ジャック:さすが農業国というか、あっちもこっちも。しかし、そうした貴重な収穫が戦闘のたびに台無しにされるのはしのびません。

夏の政局

ノーデ:さて、パリとボルドー。目下、台風の目はふたつになった。

本の行商人ジャック:ここで整理すると、今現在の政治状況は3つの陣営に分かれますね。

ノーデ:では、ジャックに説明してもらおう。

ジャック:まず、少年王ルイ14世と摂政のアンヌ王妃様、そしてマザラン枢機卿。この御三方はずっと一緒です。結束が固いので、誰かが入り込む隙もないほどだ。

ノーデ:マザラン枢機卿はルイ14世の代父であり、いわば公式認定後ろ盾。ルイ13世とリシュリュー枢機卿からこの子のために絶対王政確立の路線を引き継いでくれと指名されておるからね。

ジャック:次はコンデ親王ですが、マザラン枢機卿によって、ヴァンセンヌ城に幽閉されています。

ノーデ:その釈放を求めて、ブイヨン公爵やラ・ロシュフーコー公爵その他、軍事力をにものをいわせて大貴族たちが各地で蜂起している。その意味で、当人が不在でも、ボルドーに宮廷がわざわざ出向いてこなければならないだけの影響力を発揮しているといえる。

ジャック:コンデ親王が釈放されたらどうなります?

ノーデ:フロンドの乱の様相はかなり変わる。おそらくもっと荒れるだろうな。

これからはムッシューの時代なのか?

ジャック:最後に先王の弟、オルレアン公ことムッシューが、コンデ親王の逮捕とパリにおける国王代理として、にわかに存在感を増してきています。

ノーデ:この人はこれまでたびたび陰謀に加担してきた過去があるのだが、そのわりに、最後の一歩が踏み出せない性格なのだ。

ジャック:しかし、今置かれている環境を考えると、お神輿にしたい人たちも多いでしょうね。

ノーデ:反マザランの神輿として担ぐには、じつに適任ともいえる。

ジャック、だから、ゴンディ協働司教がこのところムッシューに急接近なのですよ。

ノーデ:それに一昨年、その逮捕がパリのバリケード事件に発展することになった、高等法院の過激なフロンド派、評定官ブルーセル氏などが議場で盛んに熱弁を奮っている。

ジャック:あの舌先三寸男、のちのレ枢機卿となるゴンディ協働司教はひたすらマザランの失脚を望んでいますからね。私利私欲のためだけれど…

ノーデ:状況としてはムッシューが担ぎ出される可能性は高いといえるな。