1650年8月4日―8月10日

パリが暴走する ムッシュー、エペルノン公爵を解任

本の行商人ジャック:ノーデ先生! 先ほどムッシューがエペルノン公爵の解任を認めましたよ!

ノーデ:お、ムッシューとしては大胆な決断をしたな。

ジャック:ボルドーからの陳情もあるし、もはや圧力に耐えきれなくなったということでしょうか。

ノーデ:少なくとも、エペルノン公爵の解任を認めれば、ボルドー高等法院は満足して、しばらくは静かになるかもしれん。

ジャック:リブルヌに同行しているコルベールさんが、パリに残っているル・テリエさん宛てに手紙で怒ってます。「けしからん、これは反乱」だと。

ノーデ:コルベールさんは枢機卿についてリブルヌに同行しているのか?

ジャック:マザラン枢機卿の後継者と目されている人物ですよね。

ノーデ:いずれルイ14世が自ら統治するようになれば、右腕になることが決まっているような切れ物。だが、なかなかずる賢い策士でもある。

ジャック:そのコルベールさんが、「パリ高等法院に対抗しうる唯一の王党派であるエペルノン公爵を、ちゃんとした手続きも経ずに解任するなど、前代未聞、言語道断、ぷんぷん!」と怒っていますよ。こわいですねぇ。

ノーデ:コルベールさんがいくら頭から湯気をだそうが、ムッシューは国王代理だからな、マザラン枢機卿とて、この決定をどうにもできんよ。

ジャック:ムッシューはエペルノン解任の見返りとして、ボルドー市に対し、すみやかにコンデ親王妃とブイヨン、ラ・ロシュフーコー両公爵を町から立ち退かせるようにと命じたみたいですが…

ノーデ:そう簡単にはいかないだろう。

ジャック:そんなことをして、大貴族たちが町で暴れでもたら、ボルドーはそれこそ困ったことになります。葡萄畑だって、被害を受けるだろうし。

ノーデ:それに、大貴族たちに味方する民衆の暴動もありうるしな。

ジャック:いやぁ、困った。どうするボルドー?

しかも国王軍は金欠?

ジャック:どうやら交渉は決裂のようです。大貴族たちがボルドーの町から立ち退く気配すらありません。

ノーデ:もはやいかなる言葉も役に立たない。マザラン枢機卿は力でボルドーを制圧するしかないな。

ジャック:でも、ちょっとばかり宮廷側が劣勢のような気もします。

ノーデ:そうだな。ラ・メイユレ元帥は、軍資金も糧食もすっからかんという状態で、ボルドーの鼻先に陣を張らざるをえないのだ。

ジャック:町を占拠している大貴族たちは、川を国王の船隊に塞がれているので、海からの物資も援軍も望めません。

ノーデ:攻める方の置かれている状況もたいして変わらんよ。なにしろ金欠だからな。兵士たちは食べるものもなく、近郊の村を略奪している。そんな状態では脱走兵も出ているし、王様の軍隊は編成が崩れかけている。

ジャック:それにそろそろアレが心配ですよ。

ノーデ:葡萄の収穫?

ジャック:そうそう、内戦が長引けば、今年の収穫はフイになってしまいます。

ノーデ:だが、両軍は向かい合って、双方一歩も引かずに膠着状態だからなぁ。

ジャック:そこで、リブルヌにいるマザラン枢機卿はボルドー側の指揮官のひとりを絞首刑にしました。

ノーデ:そうきたか…

ジャック:すると、当然のように、ブイヨン公爵が報復として、ボルドーのフロンド派が拉致していた国王軍の指揮官を処刑するように命じます。

ノーデ:目には目を。やられたら、やり返す、というわけだな。

ジャック:気の毒にこの人、男爵だったのですが、その亡骸は町を囲む城壁から吊るされています。見せしめにするためですね。

ノーデ:昔からよく見る光景だ。

ジャック:人の生命がそんなものとしてしか扱われないのが戦争なのですね。

ノーデ:悲しいかな、人類が戦争そのものを諦めるまで、それは続く。まるで宿痾のように殺戮を繰り返すのだ…

Jacques Callot、Les Misères de la guerre. 11. Les Pendus(1632)