『アルタメーヌ、あるいはグラン・シリュスの物語』とは?
宮廷側とボルドーの高等法院のあいだで和平交渉始まる
ノーデ:この20日にようやく、宮廷とボルドーの高等法院のあいだで和平交渉が始まったとの知らせ。
本の行商人ジャック:遅いくらいですよ。だって、ボルドーは大事な葡萄の収穫があるわけですから。
ノーデ:コンデ親王夫人やブイヨン、ラ・ロシュフーコー両公爵は3人の大貴族の即時釈放を求めている。だが、それはなかなか実現しないだろうな。
ジャック:マザラン枢機卿が絶対にダメだというでしょう。
ノーデ:それで、コンデ親王らが幽閉されていたヴァンセンヌ城への聖地巡礼だが…
ジャック:ランブイエ侯爵夫人のサロンに通っていたプレシューズさんたちですね。
ノーデ:フロンドの乱という政治的混乱のせいで、ランブイエ館のお集まりもむずかしくなっている。
ジャック:そんななかで、スキュデリーさんの長編小説『アルタメーヌ、あるいはグラン・シリュスの物語』は刊行されていく。
ノーデ:出版が開始されたのは昨年、1649年だったが、この小説はまだまだつづきそうな人気だな。
ジャック:なにしろ、リアルタイムでフロンドに関わっている人物が小説内で動く。 これって、誰のこと?などという話題を提供し、読者の興味はつきないですからね。
ノーデ:おそらくこの混乱がつづくかぎり、需要があるだろう。
ジャック:しかし、ですよ、ノーデ先生。そんなにあからさまに誰とわかるような書き方をして、大丈夫なのでしょうかね。しかもあきらかにフロンド派寄りでしょ?
ノーデ:そこは、それ、あれだ。物語の設定が今のフランスではないからだよ。
ジャック:あ、なるほど…
ノーデ:物語の出来事は、紀元前、アケメネス朝ペルシャの時代のお話ということになっている。
グラン・コンデとキュロス大王を重ねる
ジャック:アケメネス朝…それは遠い昔々のお話で。
ノーデ:主人公はアケメネス朝ペルシア建国の父、キュロス2世。
ジャック:古代ギリシャのヘロドトス先生の『歴史』にも登場するあの偉大なる王様。
ノーデ:そして、イタリアのマキャヴェリも『君主論』で絶賛している古代の王。
ジャック:スキュデリー嬢はコンデ親王をこのいとも偉大なる異国の王に見立てて、この小説を書き始めた。
ノーデ:フロンド暦2年目の1649年といえば、2月にパリ包囲戦を成功させ、その直前までスペインとの戦争では数々の勝利をフランスにもたらし、英雄とされるコンデ親王。
ジャック:そして、フロンドの乱の人物が多数、それとわかるくらいのデフォルメで登場するのですね。
ノーデ:もちろん、物語は史実とは異なる。完全なフィクションだ。
ジャック:史実は設定の参考にさせていただいただけのようです。
ノーデ:歴史的な出来事を散りばめると、読者が興味ひかれるからと、作者も手の打ちを明かしている。
ジャック:じっさい、人物の設定は自由ですよね。キュロス王の母であったマンダネがスキュデリー嬢の手によると主人公の恋人マンダーヌになる。
ノーデ:そこに彼女をめぐるグラン・シリュスの愛という重要な要素が生じるのだよ。
ジャック:この恋人マンダーヌはコンデ親王の姉、アンヌ・ジュヌヴィエーヴ・ド・ブルボン=コンデ、すなわちロングヴィル公爵夫人と目されています。
ノーデ:近親相姦を疑われるほど仲のよい姉弟だから、サロンの才媛たちは妄想をかきたてられて胸をときめかせるわけだ。
ジャック:そのほかにも?
ノーデ:リアルでコンデ擁護の先頭に立っている貴婦人、アンヌ・マリ・ド・ゴンザーグ、すなわち例の目力のプランセス・パラティーヌはマンダーヌの侍女役だな。そして、マンダーヌの父親はロングヴィル公爵、テュレンヌ元帥がアッシリア王にして、マンダーヌに恋をする役…などなど。
ジャック:あぁ…元帥、リアルでも恋をしているって、噂ですものね。
ノーデ:案外、その噂の出どころは、この小説の読者たちかもしれないぞ。
ジャック:リアルと物語が交差する。
ノーデ:さらに作者であるスキュデリー嬢も、古代ギリシャの女性詩人サッフォーとして登場する。
ジャック:ランブイエ侯爵夫人のサロンではギリシャ風の名前で呼び合うのが習わしだったとも聞きますよ!
ノーデ:とまあ、ここまで換骨奪胎してあれば、政治的に危険はなかろうと判断されたのだろう。むしろ文芸遊戯の範疇。
ジャック:しかし、グラン・シリュスの物語はフロンドの乱と並行して書かれ、明らかにコンデ親王推し。
ノーデ:フロンドの乱はマザリナードの周縁にも、いろいろな創作物を産んでいるのだよ。
*『アルタメーヌ、あるいはグラン・シリュスの物語』
以下のURLからあらすじや本文のテクストを読むことができます。

