1651年1月18日―1月24日

摂政・王母アンヌ・ドートリシュへの圧力

ノーデ:今週に入ってから、王妃様のもとには続々とご意見を申し上げたいひとが謁見に来ています。

本の行商人ジャック:まず、聖職者たちが代表を寄越し、コンティ公は自分たち聖職者の仲間なので釈放してほしいと訴えに来ました。

ノーデ:王妃様はまたご体調がすぐれないのに…

ジャック:侍女たちによれば、パリ高等法院の代表がやってきたときには寝室でご対応されたそうです。そこへ高等法院がどんなご意見をするのか、大勢が集まってそれを聞こうとしたということです。

ノーデ:会計院も院長を送ってきましたね。コンデさんと同じ日に逮捕されたペローさんは、コンデ家の家令だけれども、会計院の重職も担っているので釈放してほしいと。

ジャック:王妃様も困ったことでしょう。

ノーデ:ところで、ラ・ロシュフーコー公爵はパラティーナ公女様の意を受けて、マザラン枢機卿と密かにお会いになったのでしょう? 

ラ・ロシュフーコー:早耳だね。

ジャック:そのとき枢機卿はどんな反応でしたか?

ラ・ロシュフーコー:枢機卿はおひとりで、私を迎え入れてくれた。

ジャック:それって…こういっちゃなんだけれど、公爵にとっては枢機卿を暗殺する絶好のチャンス…

ラ・ロシュフーコー:たしかに。だが、マザラン枢機卿も、一声あげれば、私を逮捕することができるからな。

ジャック:それで、暗殺も逮捕もなしに、お話し合いになったと。

ラ・ロシュフーコー:お互いに礼儀はわきまえているからな。

ノーデ:しかし、コンデ親王ら3人を釈放するように説得することはできなかったということですな?

ラ・ロシュフーコー:王宮の外はかなり不穏な状態だということを、ご理解いただこうとしたのだが…

ジャック:無理だった。

どうやら事態は暴動の一歩手前?

ノーデ:このままコンデ親王らを釈放しないとたいへんなことになるでしょうか?

ラ・ロシュフーコー:釈放して、コンデ親王と手打ちをする以外に打開策はないだろう。

ジャック:聖職者の祈りとパリ高等法院の建白が王妃様に通じないとなれば、あとは実力行使におよぶかもしれない。それって、暴動ですよ。

ノーデ:じっさい、パリ高等法院のモレ院長は王妃様に、この事態を各地に知らしめると迫ったらしいですよ。さすれば王国内が一斉に蜂起するだろうと。

ラ・ロシュフーコー:このような状況でコンデ親王をフロンド派に近づけることはなんとしても避けたいのだ。

ジャック:大貴族の皆さんは、なんだかんだ言っても、王様を頂点とした体制のまま秩序を回復したいというお気持ちですからね。高等法院のフロンド派など、迷惑なだけで。

ラ・ロシュフーコー:マザラン枢機卿とコンデ親王が和解して、フロンド派とは一線を画してもらいたいのだ。

ノーデ:その願いがマザラン枢機卿に届くといいのですが。

ラ・ロシュフーコー:パラティーヌ公女もおなじ考えで、コンデ親王にフロンド派と距離を置くべきだと説得を続けている。だが、枢機卿からの歩みよりがなくては、物事は動かない。そろそろ公女も痺れを切らしているようだ。別の打開策を模索して動くかもしれない。

ノーデ:ラ・ロシュフーコー公爵には来週もおいでいただくことになっています。

ジャック:続きをお楽しみに

Anne d’Autriche, par Rubens en 1625, musée du Louvre.