マザリネット、マザラン枢機卿の姪たち
ロール・マンシーニ嬢
本の行商人ジャック:マザラン枢機卿の姪とヴァンドーム家のメルクール公の結婚式がパレ・ロワイヤルで密かに執り行われました!
ノーデ:誰からも邪魔されないように周到に準備されていたのだな。
ジャック:マザラン枢機卿の姪ごさんたち、マザリネットと呼ばれるお嬢さんは7人いらっしゃいますが、このたびの花嫁はどなたさんで?
ノーデ:一番年長のロール・マンシーニ嬢だ。マザラン枢機卿にはふたりの妹がいるが、末っ子のジェローラマさんの長女で、1636年ローマ生まれ。
ジャック:王妃アンヌ様にことのほか気に入られていたお嬢さんですね。
ノーデ:かれこれ3年ほど前になるか…枢機卿がイタリアから姪や甥を呼び寄せ、フランスの宮廷にお目見えさせると、人々の注目のまとになった。皆、よるとさわるとこの子たちを話題にしたものだ。いったい、どんな意図があって、枢機卿は彼らをパリに呼んだのか…とね。
ジャック:とくに、姪ごさん方を見て、ヴィルロワ元帥がつぶやいた言葉が印象的でしたね。
ノーデ:ああ、そうだった。
ジャック:「この小さなお嬢さんたちはそれほど裕福ではないが、すぐにでも立派な城を持ち、じゅうぶんな年金を得て、素晴らしい宝石や美しい銀の食器に囲まれて生活するだろう。そしてたいそうな身分も得るだろう」
ノーデ:今じゃ、その予言を上まわる、誰も予想しなかったほどの社会的上昇だ。
ジャック:たしかに。マザラン枢機卿はふたりの妹をそれぞれローマの貴族の家に嫁がせましたが、貴族といっても、フランスの宮廷からすると、王妃様のおそばにあがれるほどの身分ではありませんでした。
ノーデ:フロンドの乱をちょっと脇へ置くと、フランスに帰化したマザラン枢機卿は、ルイ13世とリシュリューの亡きあと、摂政になった王妃アンヌ様をお助けし、国政を取り仕切り、外ではスペイン・ハプスブルグ家との戦争に勝ち、ウエストファリア条約でフランスに優位にドイツの三十年戦争を終結させたわけで、その意味で権力の絶頂にあった。だから、その親戚ともなれば、宮廷のなかでの扱いも別格になろう。
ジャック:姪ごさんたちは、ローマからパリへの通過点である南フランスのエクサンプロバンスで、当地の高等法院評定官ヴネル氏の家に寄宿し、奥方様から、フランス宮廷の作法などをひととおり学ばれてきたそうですね。
ノーデ:それなりの準備をしてきたというところだろう。
ヴァンドーム家の野心
ジャック:ところで、お相手となるメルクール公爵というのは、どんな方なのです?
ノーデ:ルイ2世・ド・ブルボン=ヴァンドーム。ボーフォール公の兄上だ。穏やかでまじめなご性格。軍人としても誉れ高い。なによりマザラン枢機卿に忠誠を誓っている。
ジャック:軍務をのぞいたら、弟とは真逆の性格ですね。
ノーデ:おふたりの父、セザール・ド・ブルボン=ヴァンドームは国王アンリ4世と愛妾ガブリエル・デストレの間に生まれた。
ジャック:王族ではあるが、庶子。
ノーデ:だが、正式に認知され、ヴァンドーム公位を与えられている。
ジャック:しかし、コンデ親王のような直系の「血のプリンス」とは同格になれない。
ノーデ:それが身分社会の掟だ。
ジャック:きびしいなぁ。
ノーデ:父、セザールはフロンドの乱においては、この長男とともにずっと国王に忠実だ。次男のボーフォール公が「市場の王」なんて呼ばれて調子にのり、民衆に担がれてフロンド派として戦っていることには相当苦い思いをしている。
ジャック:ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、ノーデ先生。
ノーデ:なんだ、ジャック?
ジャック:誰が、国王に忠実ですって?
ノーデ:だから、ヴァンドーム公セザールと長男のメルクール公爵だよ。
ジャック:でも、ヴァンドーム公といえば、若い頃にはリシュリューを狙った陰謀に加担、ヴァンセンヌ城に幽閉されてからのオランダ亡命。おつぎはマザラン枢機卿に対する陰謀で、イングランドへ亡命していた。フロンドの乱が始まったのをよいことに、ようやくフランスへ帰国したのではありませんでしたっけ?
ノーデ:そのとおり。
ジャック:えええ、それで今度は王室へ忠誠?
ノーデ:ルイ13世の弟のオルレアン公、ムッシューだって、リシュリュー暗殺を企てたけど、お咎めはなしだったろう? 服従をしめせば、たいていのことは許される。王族だからな。
ジャック:ともあれ、庶子の家系だろうとなんだろうと、王族と縁組すれば、枢機卿も安泰というわけですね。
ノーデ:平時ならな…。だが、この差し迫った状況では、どれほど頼りになるか、わからないぞ。
ジャック:たいへんだ!ノーデ先生、今、知らせがきて、マザラン枢機卿が6日の深夜にパリを出られたそうです!
ノーデ:なんと、いったい、なにが起きているのだ⁉︎

