1651年3月8日―3月14日

いかにしてマザラン枢機卿はパリを脱出したか

本の行商人ジャック:本日は、特別ゲストをお迎えしています。

ノーデ:絶賛亡命中のマザラン枢機卿ですね。ようこそおいでくださいました。

マザラン枢機卿:いやいや、呼んでくれてありがとう(イタリア訛りがとれないフランス語だが、ごきげんは麗しいようだ)

ノーデ:パリを出られてから、早くも1ヶ月が経ちましたね。

マザラン枢機卿:寒い時期だったからねぇ。そろそろ春の気配も感じられるようじゃないか?

ジャック:それはそうと、全方位敵という状況の中で、よく脱出なされました。

マザラン:いろいろと人は書いているな。変装し、おなじ装いをした影武者を数人用意し、どれが本物かわからないようにして、パリ市の門を突破したとか。パレ・ロワイヤルの台所から逃げ出したとか。

ジャック:しかし、枢機卿のお帽子と衣裳のままでは目立ちすぎるでしょう?

マザラン枢機卿:羽根飾りの帽子を被って、ふつうに貴族が着るような細身で長めの外套に着替えたのさ。

ノーデ:ダルタニャンが着るような、軍人のお仕着せを着ていたという人もいますが。

マザラン枢機卿:だいたい、私は深夜に宮殿を出たのだよ。夜目で遠目。街灯なんかないからほぼ真っ暗で、むしろよくそこまで見られたと逆に感心するな。

ひとり残された王妃アンヌの心情やいかに

ノーデ:王妃様や王様とは、あとで合流される計画だったのでしょうか?

マザラン枢機卿:それはむずかしいとわかっていた。

ノーデ:王妃様の側近のお話では、枢機卿が出発のご挨拶をなさるとき、王妃様はまるで今生の別れのように嘆き悲しまれたとか…

ジャック:じっさい、王妃様は枢機卿が出発なさったあとは宮殿に監禁されているような状態です。

ノーデ:フロンド派にしてみれば、王妃様が最後まで首を縦に降らなかった枢機卿の排除に成功したわけです。あの誇り高い王妃様が高等法院やフロンド派の前に膝を屈せられた。あのご気性からすると、相当な心理的ダメージだったのでは?

ジャック:屈辱ですらあったでしょうね。それに、もしかしたら、枢機卿に見捨てられたとお思いになったのでは…

ノーデ:王妃様の心情には察するにあまりあるものがございます。

マザラン枢機卿:まぁ、たしかにそう受け取られても、仕方ないだろうな。虎視眈々と摂政の座を取りあげようとするものどもが跋扈するような宮廷にたったひとり残されたのだから。だが、その直後に王妃様がどう振る舞われたかを見てほしいのだ。

ノーデ:使者を送り、「ご自分の意志で枢機卿を遠ざけられた」と、ムッシュー、オルレアン公にお伝えになりました。

ジャック:そして、コンデ親王らの釈放にも同意した。

ノーデ: 気丈に振る舞われておりますね。

マザラン枢機卿:今は動くべき時でない、辛抱すべき時であると理解しておられたのだ。それに…

ジャック:それになんです?(つづく)


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