1651年7月5日―7月11日

どうしてこうなった?

本の行商人ジャック:たいへんです。コンデ親王が中部フランスのサン=モールへ退いてしまわれました。身辺の危険を感じると!

ノーデ:なんと!

ジャック:コンデ親王は自分が退く理由を手紙にしたためて、弟のコンティ公に託し、パリ高等法院に届けました。

ノーデ:そこには何が書かれていたのだ?

ジャック:自分に対する誹謗中傷や敵による悪意のあるデマなどが高等法院に悪い影響を与えないようにするために自分は身を退くのだそうです。

ノーデ:誹謗中傷やデマ…。

ジャック:まぁ、誰が流しているのかは、想像つきますがね。

ノーデ:憶測でものをいってはいかんよ。

ジャック:どうしてもよくわからないのですが、ノーデ先生。

ノーデ:なんだね、ジャック?

ジャック:どうしてここまでコンデ親王が追い詰められねばならないのか。ええ、ええ、先週までのお話で、王妃様が徹底してコンデ親王とムッシューの力を削ごうと画策していらっしゃるのは確かです。貴族たちも離反していく。だけどねぇ、コンデ親王ご自身はどうしたいのでしょう。

ノーデ:解放された後のヴィジョンなんて、なかったのだろうな。

ジャック:時代の変化を感じ取れなかったって、ことですか?

解放されて戻ってみたら、世界が一変していた?

ノーデ:まず、コンデ親王が解放されて戻ってきたとき、宮廷はどうなっていたか。おさらいしてみよう。

ジャック:マザラン枢機卿は亡命しており不在、ムッシューがフロンド派に担がれて、ゴンディ協働司教が大きな顔をしてのさばっていた…5秒でまとめると、こんな感じですかね。

ノーデ:コンデ派は?

ジャック:コンデ派もマザランを追放しようということで、パリ高等法院と一致団結していましたよ。あ、でも、もう枢機卿はいませんがね。

ノーデ:つまり、コンデ派は親王解放のためにパリ高等法院のフロンド派を利用していた。

ジャック:ですね。

ノーデ:目的はコンデ親王の解放。

ジャック:くどいですよ、ノーデ先生。コンデ派にとっては、それが一番の目的だったにじゃないですか。

ノーデ:そこだよ、ジャック。もう、目的を達したのだから、フロンド派と組む理由はないのだ。そもそも、前半のフロンドの乱ではパリを包囲し、高等法院のフロンド派を武力によって封じ込めていたじゃないか。

ジャック:たしかに。

ノーデ:コンデ親王が帰って来た。マザランはもういない。そりゃ、万々歳!でしょう、コンデ派は。だが、フロンド派はどうだ?

ジャック:まだ、いろいろ議論をつづけており、改革したいことが残っているみたいですよね。

ノーデ:それにコンデ派が歩調を合わせられるかというと?

ジャック:無理でしょう。無理無理無理無理。

ノーデ:だいたい、前半のフロンドでパリ高等法院は王妃様にさまざまな改革の要求をつきつけ、王権を制御する方向で動いていた。

ジャック:王族にしてみると、ちょっとうるさい存在ですよねぇ、パリ高等法院。

ノーデ:そこでは過激なフロンド派がムッシューを操ろうとし、旗振りのゴンディがなんにでも首をつっこんでくる。

ジャック:おまけに、宮廷ではフロンド派とコンデ派の結びつきを強めようと、フロンド派の陰謀家、シュヴルーズ夫人が娘とコンデ家の末っ子、コンティ公の結婚話を進めていたりする。

ノーデ:しかも、この娘さんはゴンディ協働司教の愛人だ。

ジャック:そりゃ、うざい。うざいわ。コンデ派にとって最悪のシナリオ。姉のロングヴィル夫人も猛反対でしたね。

ノーデ:振り返ると、いろいろ問題ありだったけれども、マザラン枢機卿がいたころのほうがまだましだった…と思いたくもなるだろうよ。

ジャック:一応、枢機卿は宮廷の作法ってものも知っているし、王権への敬意も持っている。解放前にいっしょに食事するくらいは許せる距離感だったわけですからね。

ノーデ:コンデさんにしてみれば、解放されて戻ってみると、そこには受け入れ難いカオスが展開していたようなものだ。

ジャック:なんだか、ちょっと、お気の毒になりますね。

ノーデ:筆頭親王家に生まれ、お血筋は問題なく、王位継承権を持っている人でも、世の中はままならない…ということだよ、ジャック。

Coysevox, AntoineFrance, Musée du Louvre, Département des Sculptures du Moyen Age, de la Renaissance et des temps modernes, MR 3343 – https://collections.louvre.fr/ark:/53355/cl010092388 – https://collections.louvre.fr/CGU

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