1649年8月20日〜8月26日

王様万歳! え、マザラン枢機卿も万歳!?

ノーデ:しかしなぁ、同時代人の回想録などを見ると、王妃アンヌ様もびっくりの歓迎ぶりで、どこに暗い影があるのかわからん。

本の行商人ジャック:たしかに、道にバラの花びらでも撒きそうな勢いで、群衆が「王様、万歳!」と叫んでますからね。

ノーデ:4月1日の和平宣言からずっと、この日を待ち望んできたからだ。

ジャック:国王陛下のご帰還を祝って、前々から花火やらなんやらの準備をしてお出迎え。

ノーデ:到着した翌日には、パリ高等法院の法院長らが雁首を揃え、60人あまりの法官をしたがえて謁見に参ったというではないか。

大歓迎の裏では

ジャック:たしかに、同時代の人の記述には、歓迎ムードがすごかったという記述が多いんですが、考えてもみてくださいよ、ノーデ先生、つい1ヶ月前には印刷業者のモルロが王妃様を侮辱する超絶下品なマザリナードを印刷して、死刑宣告を受けたばかりなのですよ。

ノーデ:ふむ、じっさい、巷にあふれるマザリナード文書の取り締まりも、パリへのお戻りを遅らせる原因だったな。

ジャック:でしょう?この歓迎ムード、怪しいですよ。

ノーデ:誰かなんか言ってるのかね?

ジャック:いえね、レ枢機卿が書いているんです。

ノーデ:あの人のいうことは信用ならないからな。

ジャック:それはそうなんですけど…「国王万歳!」は、まあ自然発生するとして、「枢機卿陛下、万歳!」は…なんでも、マザラン派のある人物が女性たちを雇って叫ばせたというんですよ。

イタリアの毒蛇

ノーデ:レ枢機卿、いや、当時はまだポール・ド・ゴンディ、パリ協働司教だったのだが、あの人自身なら、ご自分のためにそれくらいやりかねないから。

ジャック:行商人を雇い、自分の書いた誹謗文書を拡散する人ですからね。

ノーデ:しかし、マザラン枢機卿がやるかね、そこまで?

ジャック:これはマザラン枢機卿のお気持ちに忖度したマザラン派の一部がやったことだそうですけど。

ノーデ:なにしろ、とある歴史家によれば、マザラン枢機卿は「イタリアの毒蛇」( vipère italienne)と呼ばれるくらい嫌われていたのだ。

ジャック:だからフロンドの乱でできあがってしまったマザラン枢機卿=悪役のイメージは拭い去れない、これを変えるのは至難の技だというんでしょう?

ノーデ:20世紀ではそうだろうけれど、21世紀になれば、オリヴィエ・ポンセ先生の研究で、それも変わるだろうと期待できる!

やっぱり全部マザランのせい

ノーデ:とはいえ、まぁ、枢機卿の嫌われ方は類をみない。

ジャック:とりあえずマザラン枢機卿が悪いと言っておけば、「そうだ、そうだ」とお仲間も集まって来ますし。

ノーデ:求心力を生じさせる魔法の言葉というわけだ。

ジャック:じつは宮廷がパリにもどってから、サン・トゥスタッシュ教会で、蝋燭をともして行列する行事があったのですよ。寄進した貴族の紋章をつけた大きな蝋燭を持って、聖職者が歩くのですが…国王陛下とアンヌ様の紋章の時は、民衆が歓喜の声で迎えたのですけれど、マザラン枢機卿の紋章が見えるや否や、いきなりみんなで飛び掛かって、あっという間に壊してしまったそうです。

ノーデ:つまり、ジャックが言いたいのは、表向き、国王に対しては大歓迎だが、マザラン枢機卿に関してはブーイングがおさまらないということかな。

ジャック:おさまりませんね。根深いですよ。

マザリナードは火を吹く

ノーデ:じっさい、マザリナードの取り締まりは、春の和平宣言以降、厳しくなっているが、それでもとまらない。王妃さまへの誹謗中傷も目を覆うものがある。

ジャック:7月に印刷業者モルロが逮捕された時、刷っていた『キュストード』なんて、王妃様への侮辱では底が抜けたような表現です。

ノーデ:しかし、あれは大人気でベストセラーになったぞ。

ジャック:なんだか、21世紀のようじゃないですか? ルノドさんの『ガゼット』みたいな公のメディアに流される情報の裏で誹謗中傷が火を吹く。

ノーデ:ジャックはまた、未来を見てきたようなことを言うね。ルノドさんは、サン=ジェルマン=アン=レーにもついていったくらいだ。そもそもあの新聞は創刊から公権力に守られている、特権的な立場なのだよ。

ジャック:一方のパリでは自由奔放のマザリナード。

ノーデ:「全部マザランのせい」というスローガンは、いろいろ利害関係の複雑な党派をまとめる力になるのだ。

ジャック:後半のフロンドはより複雑化してきますからね…

Olivier Poncet、Mazarin l’Italien(2018年)の表紙

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